大手商社の財務部門に勤めるTさんは、異業種交流会で知り合ったベンチャー企業の経営者から、スカウトされる。彼を待ち受けていたものとは?企業トップが業績悪化の責任をとって退任するという話は、よくある話である。後任者は、まず業績回復のためのシナリオを描くことからはじめるのが一般的である。大変な仕事ではあるが、その業務遂行を期待されての就任であり、やりがいと熱意を持って臨む人々が多いだろう。三十四歳のTさんは、大手商社に勤める財務のプロである。入社以来、一貫して財務畑を歩み、勤め先の財務の一部を任され続けてきた。Tさんとしては、じゅうぶんにスキルも備わっていると思っていたので、自分の仕事の領域をもっと拡大していきたいと野望を抱いていたが、残念ながら年功序列の組織の中で、一足飛びに野望を実現できるはずもない。悶々とした気持ちを持ちつつ、日々の業務に邁進する日常が続いていた。そんな折、Tさんは以前から知り合いだったベンチャー企業A社の社長K氏に声をかけられた。もともと知り会ったきっかけは仕事上でのつき合いではなく、趣味の音楽を接点とした異業種交流会的な会合だった。K氏の会社は通信機器を海外生産し、国内で輸入販売を進めることを生業にしている。アイデアマンでもあるK氏は、幸いヒット商品をいくつか生み出すことに成功し、会社の業績を順調に伸ばしてきた。ただ、ベンチャー系の企業によくある話で、融資獲得をメインとした銀行折衝業務などに携わる財務のスペシャリストが社内にいないらしい。K氏の場合も同様に、自分の側近としての財務のプロが、ノドから手が出る程欲しかったのである。そこで目をつけたのが、以前から趣味の分野で交流のあったTさんだった。どうやら大手企業の組織の中で悶々としているらしい、とかぎつけると、猛烈な勢いで勧誘をはじめたのである。